top > blog > SAKE-BOMB > 11.10月.2012

SAKE-BOMB day16.5&day17【さよならLAの巻】

Staff1号です。

あー、もうあのLA撮影から1ヶ月半も経っちゃうのかあ。
濃い〜夏だったなあ。
と、言いつつ、夏が思い出になる前に記憶を辿りながら、
9月5日と6日の出来事を。

無事にサンフランシスコ撮影を終えたと思いきや、
押せ押せのスケジュールで撮影続行の我々。
結局、撮り残し分をLAに戻りながら、撮影することに。

もうアメリカの運転も慣れたでしょ、
ってことで、もちろん帰路も運転の大役を仰せつかりました。
慣れてきた頃が一番危ない、とはよく言ったもので、
帰りの高速で、やっちまったのは、ワタクシです。

走れど、走れど。
ハイウェイはどこまでも真っすぐ。

景色が変わらず、疲れるなー。
道はただ延々続く、なんて思ってたら、
岳さんの粋な選曲、♪イージューライダーby奥田民生がスピーカーから。
車内で大合唱で、元気回復。
歌のチカラ、ゴイスー。

基本真っすぐな道も分岐はやってくるわけで。
前の車の先導に従いつつ、
ウォーキー(トランシーバー)で指示を受けながら進むのが、
これ、何気に緊張というか、集中力が分散しちゃうというか。

そして、ウォーキーから次の分岐を右の方に、と指示が。
はいはいー、なんて気分で車線変更で右レーンに移動。
まだまだLAは遠いなー、なんて進もうと思ったら。

何やら左にアメリカンサイズのビッグトレーラーが出現。
やっぱ間近で見るとでかいねー、
なんて助手席のカメラマン・ユースケと笑いながら話てたら。

だんだんトレーラーの姿が大きくなってくるではないか。
なんだよー、寄ってくるなよー、とか最初笑ってたんだけど、
ほんとに笑えないくらいの位置まで近づいてきて。

さすがに、あれ?これなんかヤヴァイのでは?
と思って、前か後ろかどっちに行くか究極の選択を迫られ、
うーん、ここはブレーキングでスピードダウンだ!
と、急いでブレーキに右足乗せてダウン、ダウン。

いやー、もう結構ギリギリまでトレーラー迫ってきてて。

後で分かった話、
我々、どう切り抜けるかに集中してたんで分かんなかったけど、
後ろで見ていたスタッフカーによると、
どうやら結構な位置まで近づいてて、かなりドキドキだった模様。

そんなことは知る由もなく、
ワタクシ「ふー、危ない。つか強引な車線変更してくるなー、あのトレーラー」
ユースケ「いや、もう(我々の車の前の)道なくなってましたよ(笑」
と緊張感の無い会話。

てっきり一番右車線を走っていたと思っていたのですが、
合流車線を走っていて、どっちかっていうとワタクシが強引に入ろうとしてたらしいという事実。

後で考えたら、あなおそろしや、と思いましたが、
どうもこんな何もない道路を走ってると(横はえんえん荒野)麻痺して分かんなくなったんだろうな。。。

ま、結果的に事故もなく無事に帰って来れて、
ヨカッタ、ヨカッタ。
LA到着は、夜の10時過ぎだったかな。
実は最後のLAに近づいてきたハイウェイの微妙な混み具合が一番怖かったのは、内緒。

そして、日付が変わって9月6日、最後のLA撮影は、
最初にして最後のナイトシーンのロケ。
16時に集合してみると、せっせとヤスコさんがサンドウィッチ作ってて。
ほんと働き者で、いろいろ助けられました。

 

さ、岳さんもスタッフも準備万端、撮影始めようかという雰囲気なのに、
重要な人が1人いない。

長旅で疲れてしまったのか、なんなのか、
岳サンのお相手役ユージンさん、遅刻です。

待つこと約40分。
ようやく現れた彼が笑顔で発した第一声。

「いやー、渋滞がひどくて…」

いやいやいやいやいやいや…
まさかの言い訳で、
もうなんか拍子抜けしちゃって思わず笑っちゃったよ。

でも、その後深刻そうに申し訳ない顔をしてるのを見たので、まあ許す。
しかし、ほんと自分の非を認めませんねー。
ザッツ、文化の違い。

もういちいち怒ってたらやってられません。
郷に入れば郷に従え、というのはまさになことわざ。
何が正しいとかじゃなくて、それぞれ違う文化なので、
どっちか一方が押し付けても解決しないし、
かといって自分の文化を捨てる必要はないんですが、
理解する、というのはとっても大事だな、と。

さて、そんな感じで始まった最終日の撮影。
路地を歩くシーン撮ってたら、

珍しいお客さん。

なにやってんのー?みたいな感じで、なごませてくれた猫ちゃん。

さ、次は車の駐車と歩きのシーン。
ワイドショットで狙いたいので、こうして許可もとって、

車はナッシング。

申請すれば、こうして撮影に協力的なのは助かります。

陽も沈んで、暗くなってきて。
出だしの遅れは何のその、順調に進む撮影。

いよいよ岳サン、残すカットも最後。
無事に監督のオッケー。
深夜の撮影お疲れさまでした。
アンド、慣れないアメリカ撮影も楽しんでのぞんでくれまして、
こちらもご一緒出来て楽しかったです!
残すところ日本の撮影、最後まで宜しくお願いします!
なんて、握手を交わしつつ、ユージンのクランクアップを待ちます。

だったのですが。
最後の最後にユージンの大事なシーンで、
変なツボに入っちゃったらしく、
なかなか欲しい芝居が出てこずで。。。

ユージンとお疲れさま!とハイタッチで迎えようと待っていたのですが、
彼に変なプレッシャーを与えてもよくないので、我々は先に宿へ。

サンフランシスコ遠征で疲れていたのか、
すぐに眠りに落ちて、翌朝。

監督と話をすると、朝方6時くらいまで粘って、
欲しい画が撮れたとのこと。
最後の最後までほんとにお疲れさまでした。

どうなることやらと初体験の連続、アメリカ撮影でしたが、
非常に勉強になることばかり。

言葉に多少難があるとも、
英会話教室よりもきっと映画学校 in USの勉強よりも
現場の方が何倍も身になったように感じてます。

せっかく日本でもアメリカでも映画製作をしたのだから、
この知識と経験をフルに活かして、これからやってやりたいぞ、と
いう心意気で邁進する所存です。

あ、まだ日本の撮影パートの記事書いてないのに、
〆っぽくなっちゃった。。。

ま、いっか。

次は、いよいよ日本撮影の巻で、撮影ブログも終了です。