戦略なき進出
July 2, 2010 – Paris, Parc de Exposites
「戦略なき進出」
初日の午後は、早速、ジャパン・エキスポという名の、
アニメ・ゲームフェアを開催中のエキスポ会場へ。
暑いを通り越して、灼熱のサウナ電車と化しているB線に、
なんと25分も乗ってようやく会場に着いた頃の私は、なかば熱中症でぐったり。
冷房がない上に、窓が開かない。額から玉の汗がダクダクと垂れてしまうという、
こんな劣悪な環境に詰め込まれ、どうしてパリ市民は暴動を起こさないのかが不思議。
それとも普通はこんなに温度があがらないのだろうか?
それにしても慣れない国で、郊外行きの中距離電車に乗るのは、
「この行き先でいいのかな?」とちょっとドキドキする。
しかし乗車するシャトレット駅のホームには、
緑や青のカツラをかぶった人や、キャンディ・キャンディみたいな大人がいたから、
おそらく間違いないだろう。
カレにキスしようとしている、全身ハロー・キティちゃんもいた。
15分ほど乗って、トンネルから地上へ出たあたりから、
各駅もぐぐっとローカル色が強くなってきた。
途中、のどかな田園風景の駅から、X-JAPANのような、
キューティ・ハニーのような本気モードの女の子が乗ってきた。
よし、この電車に間違いない!
ハードなコスプレのこの娘もダラダラと汗をかいている。
ご苦労さんです。
さて会場につくと、そこには、もっと本物っぽいコスプレがウヨウヨ。
入場口にはチケットを買うオタクの長い列。
うわ、参ったな、と思ったのだが、ありがたいことにVIPパスは、
特別レーンがあって、するっと通り抜けさせてくれた。
特別扱いは大好きです。
さて『時をかける少女』の上映まであと10分。
スクリーニング・ルームはだだっ広い会場の一番奥にあるらしい。
ナルトやOne Pieceやコナンが闊歩していて、
スタスタとは歩けない会場内をやや小走りに上映会場へと急ぐ。
目の前に現れたのは、この黒い暗幕で仕切られた、四角い空間。
え?もしかして、この中で上映するの????
愕然とする私。
チケットもなにもなく、出入り自由の暗幕の中に、
慌てて中に入ると、パイプ椅子が並べてあって、
200人くらいのお客さんがすでに座っている。
すぐに上映が始まった。
なのに場内は暗くならない。薄暗い蛍光灯がついたまま。
そして入り口にはドアもなく、明りが入り放題、人も出入りし放題。
係員もいないので、写真を撮り放題、動画も撮り放題。。。。
なにより、ちゃちいスピーカーからのセリフは、
暗幕の外、四面楚歌で行われている各イベントの大音響にかき消されて
ほとんど聞こえない。
だって、暗幕だもん。薄いもん。それに天井、全開だもん。
おりしも、暗幕の北方向の隣ブースでは、アニソンイベントが始まり、
マイクでがんがんアニソン歌ってる。
時かけのセールスポイント、
ユーミンの名曲『時をかける少女』平成いきものがかりバージョンなんか、
ほとんど聞こえない。
しかも、作品は、1:1.85のアメリカンビスタなのに、
プロジェクションは4:3になっている。
仲里衣紗ちゃんの顔も、安田成美さんの顔も
縦にびよーんと伸びて宇宙人みたいになっている。
ふたたび愕然とする私。
映画が始まって、約10分。
半分のお客さんが出て行った。
帰ってこなかった。
当たり前だ。
こんな環境で、いったい何に集中できるというのか?
冗談ではなく、うっすらと、涙が出てきた。
なんのために今まで大事に海外市場でのPRをコツコツとやってきたのか?
『時かけ』は、細田守監督のアニメバージョンが海外でも人気だったので、
イギリス、香港、台湾にすでに売れていて、
さらに韓国、シンガポール、スペイン、USとも交渉中の、売れ筋だ。
まがりなりにも、今回はフランスで、いやヨーロッパでのプレミア上映だ。
それが、こんな劣悪な環境での上映になってるなんて、
映画に対してこんな冒涜があるだろうか?
さっきのサウナ電車よりヒドい。
実はこのジャパン・エキスポへの出品には、
とある経緯があって、私は海外セールス&PR担当として一度お断りしていた。
なぜなら、すべての条件が悪過ぎて、
とても映画のためになるとは思えなかったからだ。
まず上映はDVDでしかできないというし、
エキスポ会場に来たお客さんにフリースペースで見せるといっていた。
特にエキスポ関連でのPRもない。エキスポのカタログに載るわけでもなし、
直前に調べたら掲載されているはずのWEBにも情報は一切載ってなかった。
そして200人の観客席が用意されているのに、
権利者への上映料はゼロだといって譲らない。
上映料が出ない場合、こちらとしては、
①その国でのダイレクト・プロモーションになる、または
②バイヤーが多く集う上映になる、
③プレスが記事を書いてくれる、など、
セールスやPRにつながるようななんらかのメリットがなければ、
出さないことにしている。
当たり前だ。
その先の見込みや戦略がないのに、いきなりダンピングしてどうする?
そもそもDVD上映は、許すべきではないというのが、ポリシーだ。
しかしその後、製作者のひとりから、
「経産省さんには日ごろなにかとお世話になっているので、
上映料がなくてもいいから、出品してもらいたい。DVDでもええじゃないか」と言われ、
しぶしぶOKしたのだった。
(※ジャパン・エキスポには、外務省、国交省、
経産省(コ・フェスタ)が連携して日本を紹介するブースを出展しています)
しかし、その経産省さんの担当者も、
エキスポさんの主催者側も、
誰一人としてこの上映会場には来ていなかった。
プロデューサーの内輪な気遣いも、残念ながら効果なし、だった。
だからといって経産省さんが悪いわけではない。
ヘンな気遣いに流されてしまった私に責任がある。
いい加減な主催者と、きっちり話を詰め切らなかったのは、私の責任だ。
うすうす、わかっていたことなのに…。
やった意味がなかった、つまり効果はゼロだった、ということは、
やはり市場開拓途上にはついてまわることだ。
トライすることで学ぶこともあるので、よしとすることもある。
しかし、今回はマイナスだった。
つまり、こんな環境で見せたら、逆効果。
作品の良さは何も伝わらない。
これでは、このフランスプレミアは、完全に失敗。
私は日本人、そしてフリーランスに限りなく近いポジションなので、
軋轢を恐れ、ついつい「なぁなぁ」を許してしまいがちですが、
市場のないところへの進出は、ワンチャンス。
しくじったら、次はないという現実も肌で知っている。
今後は、例えどんなややこしいしがらみがあろうとも、
その市場を知らない人から依頼された【戦略なき進出】は、
体を張って阻止することを誓いました。
そして今後も根気よく、ガラパゴス・プロデューサーの方々への
啓蒙活動を続けていくことを、自分に約束しました。
まことにルーズな出品をしてしまったことに対し、
監督やすべてのスタッフ、キャストの方への申し訳ない思いと、
多少はわかっているのにやってしまった、自分に対する悔しさを抱えながら、
やるせない気持ちで私はひとり、コスプレたちに混ざって
たこ焼きの列に並んだのでした。
みんながワクワクしながらたこ焼きを待つ列で、
うっすら涙ぐんでいるのは私だけでした。
アニメの祭典に感涙しているオタクと勘違いしたのか、
まわりの仲間たちの目は極めて同情的でした。
追記:それにしてもニコ動の、「日本と生中継」ブースは、大人気でした。